法より重い職業倫理

【関西事件史】

老舗料亭産地偽装 法より重い職業倫理

2011.12.21 10:00
会見のテーブルに頭をすりつけるようにして謝罪する女将の湯木佐知子取締役(当時)

会見のテーブルに頭をすりつけるようにして謝罪する女将の湯木佐知子取締役(当時)

 母は強し。数十人の記者とカメラの放列から、息子を救おうとしたのだから。

 料亭「船場吉兆」(大阪市中央区)の女将、湯木佐知子氏のことだ。

 全国各地の食品関係会社で、原産地の虚偽表示や消費・賞味期限の改竄などが相次いで明らかになった平成19年。船場吉兆でも10月以降、消費期限の不正表示などが次々と発覚していた。

 同年暮れの釈明会見で、女将は厳しい質問に口ごもる長男、喜久郎取締役(当時)の隣で、「頭が真っ白になった、頭が真っ白に…」とささやいた。

 取締役がおうむ返しにつぶやくシーンは「まるで腹話術」とワイドショーなどで繰り返し放映され、女将はすっかり“時の人”になった。

 船場吉兆に対しては当時、牛肉の産地偽装で大阪府警が捜査を始めており、府警生活安全部の担当だった私も会見場にいた。ほぼ中央の席に同僚記者らと座っていたが、女将のささやきはまったく聞こえず、後でテレビを見て驚いた。

 それだけ、振る舞いに貫禄があったのだ。母は強し、とは皮肉でも何でもない、正直な感想。もし高性能の集音マイクがなければ、ささやきはささやきとして、全国的な騒ぎになることはなかっただろう。

 船場吉兆はこの会見に先立ち、農林水産省に改善報告書を提出。偽装問題に対する“けじめ”を内外にアピールした。

 この年、日本漢字能力検定協会が選んだ年末恒例の「今年の漢字」は「偽」だった。

 

示唆された隠し球

 

 世間の耳目を集めた船場吉兆の不正表示事件だが、実は当時、府警の捜査は思うように進んでいなかった。「なかなか被害者がいない」。捜査関係者からはそんなため息が漏れた。

 贈答品の「みそ漬け」に使用した九州産牛肉を但馬牛などと偽って販売したという構図だが、九州産も立派すぎるほどの食材だった。みそ漬け自体、おいしいと評判で、購入客の被害感情はことのほか薄かった。

 船場吉兆の客といえば、関西政財界の華やかな面々。好奇の目と批判にさらされた女将の身上を思い、「もう十分に社会的制裁を受けた」とエールを送る常連も少なくなかった。

 ただ、捜査サイドの見方は違っていた。

 「いや、あそこの体質はひどい。まだ、隠し球がある」

 いわゆる夜討ち朝駆けの取材の中で、複数の捜査関係者が、思わせぶりにささやいては「おっと」と口をつぐんだ。

 「キミらみたいな新聞が書くことちゃうて。むしろ週刊誌ネタやな」

 こんな調子で一向に要領を得ないまま、いたずらに日々は過ぎた。

 

教訓に反した拡大路線

 

 「いわば軍隊ですよ、軍隊。一日の終わりには全従業員が廊下に整列して、主人の説教を聞くんです」

 取材で知り合った船場吉兆の関係者が内情を打ち明けてくれた。主人とは元社長の正徳氏のこと。船場吉兆といえば女将のイメージが定着していたが、すべてを牛耳っていたのは元社長だ。

 料理の腕は超一流。「神様」と呼ばれた創業者、故湯木貞一氏にも認められたほどだという。社員教育は徹底的に厳格。妻である女将にも容赦がなかったとされる。

 そのワンマンぶりが、料理の道を追求した結果ならともかく、元社長の関心の多くは売り上げにあったらしい。

 おせちや明太子など物販部門を重視し、伝統ある料亭には異例ともいえる菓子・総菜専門店まで開業。「料理と屏風は広げすぎると倒れる」と言い残した貞一氏の教訓に反し、営利主義に邁進したのが船場だった。

 「まだ、表に出ていない話があるようなんですが」

 店側関係者と何度も面会し、心当たりがないか探ってみたが、口をつくのは主人への不満ばかり。だが、何気ない会話の中で、気になる一言が飛び出した。

 「とにかくモノを捨てない人です」。はげた食器にはマジックを塗り、飾りつけの枝も水洗いして使うよう指導されたという。では、料理はどうなのか。

 「一緒ですよ。ゼリーとかね。手つかずなら次の客に」と自嘲気味に話した。つまりは使い回しだ。

 「それって問題じゃないですか」

 「でも怒られますから」

 「それでも、だって…」

 吉兆でしょう-。他の店ならいざ知らず。“隠し球”とはこのことか。

 

とどめ刺した使い回し

 

 使い回しを府警の捜査員に申告したのは、事情聴取を受けた複数の調理人だったという。長年、忸怩(じくじ)たる思いがあったに違いない。

 捜査関係者が週刊誌ネタと表現したのは、それがただちに犯罪ではなく、モラルや衛生上のスキャンダルに留まるとみていたからだ。

 船場吉兆は年明けから元社長を除いた新体制で再スタートを切り、売り上げも徐々に回復しつつあった。その矢先に使い回しを指摘され、痛恨だったことは想像がつく。

 だが、こちらの取材に対し、女将が弁護士を通じて「そのような事実はない」と回答してきたときの憤りは、今も忘れない。

 公表する機会は、それまでにいくらでもあったのだ。またウソを押し通して、守ろうとしたものは何だったのか。ささやき会見とは違って、このときは同情的になれなかった。

 使い回しの報道後は客離れが急激に加速。「許せない」と怒りをあらわにしたのは、常連客に多かった。船場吉兆は20年5月、ついに廃業に追い込まれた。

 料理を捨てるのは確かにもったいない。だが、別の客に出すのは明らかにルール違反。たとえばお土産にして持ち帰ってもらう。その程度のもてなしがなぜ、できなかったのか。

 

踏みにじられた仕入れ先のプライド

 

 一連の取材の中で、船場吉兆が「地鶏」と偽っていたブロイラーの仕入れ先を訪ねたことがある。

 「吉兆へ卸す鶏肉だけは人任せにしなかった」

 「地鶏」として売られていたとは夢にも思わなかったという店主。さみしく肩を落とす一方で、言葉の端々に丹精込めて育てた鶏へのプライドを感じた。

 「記者さんも一度食べてみてください」

 持ち帰った肉は刺し身でもいけそうな新鮮さ。ホットプレートで焼いて、塩だけで食べた。そこらの地鶏より圧倒的においしかった。

 さて事件の方は、経営トップだった元社長と取締役が不正競争防止法違反(原産地の虚偽表示)の罪で略式起訴され、罰金刑でケリがついた。「悪質性は低い」。それが司法の結論だった。

 あの騒動を思いだすたび、しみじみと感じることが一つある。

 職業倫理は時に、法律より重いことがあるのだ、と。

 (大阪社会部 宝田良平)

◆食品偽装事件◆

 平成19年ごろから、全国各地の食品関係会社で、原産地の虚偽表示や消費・賞味期限の改竄など、食への信頼を揺るがす不祥事が続発した。

 ミンチ肉に豚や鶏をまぜ「牛100%」と表示した「ミートホープ」(北海道苫小牧市)の食肉偽装事件や、農薬成分を含む事故米を食用と偽り転売した「三笠フーズ」(大阪市)による汚染米不正転売事件などが代表格といえる。

 船場吉兆をめぐっては同年10月、福岡市の店舗で菓子の消費期限改竄が見つかったのを皮切りに、本店での産地偽装や不正表示が次々と明るみに出た。11月には大阪府警の強制捜査に発展、休業を余儀なくされた。

 翌20年1月に女将を社長に据えて営業を再開したものの、5月に料理の使い回しが発覚。世間の批判は大きく、廃業に追い込まれた。

 船場吉兆の産地偽装事件は悪質性こそ低かったが、日本料理界の最高峰とされる料亭だっただけに、「食不信」に拍車をかける結果となった。転載終了)

 

職業倫理は、食品関係者だけに限らず、すべての職業に当てはまると思います。

今一度、私も気を引き締めて見つめなおしたいと思います。

店主

 

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